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明治40年6月41歳の時、廣池は伊勢の神宮皇学館(じんぐうこうがくかん)(現在の皇学館大学)に招かれ、教授に就任します。廣池はここで大正2年に退官するまでの5年8か月間に、古代法制、東洋家族制度、帝国憲法、東洋地誌、国史、歴史研究法、神道史などを教えました。
神宮皇学館時代の集合写真
最前列右から2人目が廣池
『伊勢神宮』
明治41年(1908)、42歳
本書は伊勢神宮と皇室の関係を論じ、日本の国体の特質を明らかにするとともに、国民道徳の淵源を探求したものである。
明治41年には、学術調査のために清国(しんこく)(中国)旅行に赴きます。法制史や漢文の教授法などについての調査が主な目的でした。当時、従弟の阿部守太郎(後の外務省政務局長)が一等書記官として北京の公使館に駐在しており、訪問先との調整をしてくれました。廣池は各地で歓迎を受け、視察の合間に講演も行っています。
清国調査旅行の行程