今回は、千九郎の子どもへの愛情にまつわるお話を2つ紹介します。千九郎は、どの家の子どもにも愛情をもって接していました。千九郎が考える、子どもへの本当の愛情とは、一体どんなものだったのでしょう。
ある年の夏、香川一家に千九郎から一通の手紙が届きました。その手紙には「避暑をかねて訪ねて来るように」と書いてありました。当時、千九郎は信州田沢温泉に滞在していたのです。初音たちはさっそく千九郎のもとを訪ねることにしました。
ある日の昼下がり、千九郎と香川一家が泊まっていた宿の庭で、人夫たちが一生懸命働いていました。人夫たちは、宿の主人に雇われて庭石を運んでいたのです。信州といっても日中は焼けつくような暑さで、人夫たちは汗だくになり、とても苦しそうでした。そんな人夫たちの姿を見た千九郎は、すぐに氷水を取り寄せるよう、宿の人に頼みました。
氷水が届けられると、千九郎はコップを縁側に並べ、人夫たちに声をかけました。
「人夫さん、ご苦労さんです。少し休んで、これを一杯ずつ飲んでください」
人夫たちは汗をふきふき喜んで、いかにもおいしそうに氷水を飲みました。その様子を側で見ていた初音の子どもたちは、大変うらやましそうな顔をしていました。しかし千九郎は、子どもたちに氷水を与えませんでした。
人夫たちが立ち去ったあと、初音は千九郎に言いました。
「先生、私はわからなくなりました」
すると千九郎は、言葉優しく答えました。
「そう思うであろう。しかし、私には人夫も子どもたちも、みな自分の子どもに思えてならん。人夫たちは、さぞ暑いであろう。炎天下のことだ、氷水の一杯も飲ませてやりたい。彼らはすぐに汗になるから安心だが、涼しい日陰にいる子どもに与えて、もしお腹をこわしたら、かえってかわいそうである。いかにも不平等に見えるだろうが、それが本当の親心である。奥さん、不平等の裏には必ず平等があり、平等の裏には必ず不平等があるというのを知ることが大切です。おとなにも子どもにも平等に与えることは、かえって無慈悲になるのです」
初音はこのとき“人夫さんと私の子どもを対照して、身にしみるご教訓をいただいたな”と思いました。
またある日のこと、初音は長女の三千子を連れて、松本の白糸温泉を訪ねました。千九郎がドロップの缶を三千子にあげると、缶を振って遊びだしました。音がしてドロップが飛び出てくるのがおもしろかったのです。初音がどんなに強く止めても、三千子は振るのを止めません。すると千九郎が「いいから、やらせなさい」と声をかけました。初音が諦めてそのままにしておくと、三千子はドロップをすっかり出し、散らばったドロップの一粒を拾いました。千九郎の側へ這って行くと、そのドロップを千九郎の口に入れようとしました。千九郎は微笑んで「オオ……」と口を開き、ドロップを口に含みました。
三千子はそれで満足したのか、自分もドロップをほおばりました。母親の初音には、一粒も持って来てくれませんでした。初音は無垢な我が子の行動から、千九郎の慈悲の深さと自分の自我の強さとの違いを学んだのです。
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